2015年2月5日木曜日

冬眠

疲弊していた。
体力的にも精神的にも、なんだか疲弊しきっていた。年が明けてから、仕事で休まることがない。休日は強制的に仕事の用事で埋まっていく。
仕事はストレスばかりだ。上から下から患者から外部から何かチクチクと言われる。「申し訳ございません」「すみません」「お願いします」「お願いします」
仕事だと言えばしょうがないし、お金は入ってくるけど、ガリガリと身を削って作ったお金だ。そしてそれは価値があるようで、自分の寿命を削ったと考えたらあまりにも自分の価値は低いかもしれない。

仕事から帰ってくると何もする気が起きない。テレビを付けてみるが、観るわけでも無い。その辺に落ちている漫画をめくってみるが、読むわけでも無い。
ネットを眺める、パワー溢れる人たちの宗教観や政治観や思想や嫉妬がドバドバと流れ込んでくる。それは川の流れのようで、水の勢いでコンクリートが削り取られていくのに似ている。どんどん自我が削り取られて行く。

なんだか良く分からないものに支配されていきそうだ。
嫌になって、早々と布団に潜り込んだ。嫌だ嫌だ。でもきっとこんな嫌な気持ちは、沢山眠ってしまえば消える。明日になれば消える。と思って目を瞑ると、疲れていたせいか直ぐに眠りに落ちて、そしてすぐに朝が来て、そこにはやっぱり疲弊した自分がいた。

何も生み出せなかった。唯一楽しみだった「書くこと」も出来ない。あんなに気合を入れて、やります、と言ったことも実現出来ていない。そんな状態のまま、グズグズともう今年も一か月が経ってしまった。


そんな中風邪を引いた。久しぶりに39℃の熱が出て、薬を飲み、朦朧としながら布団に潜り込んだ。沢山眠ったら良くなる。きっと良くなる。

そう思いたい一方で、こういう疲弊から逃れることって、どんどん困難になっていくのかもなぁと思った。快調の中にあった不調が、そのうち逆転して、不調の中に快調があるようになっていくんだろうか。それがつまり老いということで、削り取られて小さくなって、最終的に死に抗えられずに支配されてしまうのだろうか。
絶望的だ。

沢山眠ったら、明日が良い明日になっていますように。
自分が動かなければ、好転など決してしないのに、眠ることしか出来ないし、ああ、眠い。

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